ひとりぼっちの語源は僧侶!実はカッコイイ生き方

ぼっちが増えている。

「ぼっち」というのは、ひとりぼっちで過ごす人のこと。特に高校や大学で増えているそうだ。

この現象、すごくわかる。なぜなら僕も「ぼっち」だったから。

だが……

・この「ひとりぼっち」の語源ってなんなのか?

・「ぼっち」って、一体どこから来ているのか?

気になって調べてみた。

すると、驚くべきことに、「ひとりぼっち」という生き方のカッコよさも浮かび上がってきたのである。

 

◆ひとりぼっちの語源とは?

結論から言うと、「独り法師(ひとりほうし)」が語源である。

「独り法師」というのは、その言葉どおり、どこの組織や宗派にも属さず、ひとりで活動していた僧侶のことだ。

その「法師(ほうし)」が時代を経る中でなまり、「ぼっち」に変化したのである。

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●だいだらぼっちも法師

その証拠に、他の「ぼっち」の入った言葉である「だいだらぼっち」も、漢字で書くと「大太郎法師とされている。

「だいだらぼっち」というのは、スタジオジブリの映画『もののけ姫』にも登場した巨大な妖怪の名前だが、

ダイダラボッチは「大人(おおひと)」を意味する「大太郎」に法師を付加した「大太郎法師」で、一寸法師の反対の意味であるとしている。

Wikipedia「ダイダラボッチ」のページから引用)

となっているのである。

つまり、「ぼっち=法師」であり、「ひとりぼっち」とは「独りで生きる僧侶」のことと言えるのだ。

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◆僧侶が増えている?!

ん? となると、現代で「ぼっちが増えている」というのは、ある意味「僧侶が増えている」ことなのでは?!

ということに気づいた。

正確に言うと、“僧侶”的な生き方をする若者が増えているということだ。

少し話がズレてしまうが、現代の若者はお金を稼ぐことやクルマに乗ることにも興味が無く、恋愛にも関心が無くなっている傾向がある。「草食系」や「絶食系」という言葉まで出ているとおりだ。

それはある意味、戦後の日本社会において、「豊か」「幸福」と言われていたものから離れているということだ。

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つまり、今の若者は、既存の俗世間の考え方から脱したいということなのではないだろうか? ある意味、煩悩を断ち切って「ひとりぼっち」になり、僧侶的な生き方へとシフトしていると言えるのだ。

 

●僕も大学時代「独り法師」だった

冒頭で少し書かせていただいたが、僕自身、大学時代は“ぼっち”だった。もう15年も前のことだが、大学で友達がおらず、サークルにも属さず、文字通り「独り法師」のように大学時代を過ごしていた。

だが、いま思い返してみると、それは大学や社会に溢れる既存の考え方から離れたかったののだ。

「良い会社に就職して、お金をたくさん稼ぐべきだ」

「そのためには、人間関係をたくさん築くべきだ」

「免許をとってクルマに乗ることが豊かさだ」

当時はそういった考え方が主流だったが、僕は受け入れられなかった。だから、ひとりぼっちになった。

正直なところ、孤独感に苛まれて辛い思いもした。だが、それでも、社会に溢れる欲望や煩悩からは距離を取りたかったのだ。

 

◆「ひとりぼっち」は人生に必要!

あくまでも個人的な意見になるが、「独り法師(=ひとりぼっち)」になる時期は、人生に必要なのではないかと思う。

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僕の場合、「独り法師」になったのは、大学時代とその卒業後だった。うまく就職ができず、ニートになり、引きこもりになった。

完全にひとりぼっちになり、孤独と向き合い、自分とひたすら向き合った。

その後、運良く、知人のつてで就職することが出来たのだが、そのひとりぼっちの時期があったからこそ、その後の成長があり、今の自分があると思っている。

たしかに孤独で寂しくてめちゃくちゃ辛かったが、自分の弱さや無力さを痛いほど知ることで、今、周りに感謝と敬意を抱いて生きることが出来るようになった。

もしかしたら、ひとりぼっちの語源となった過去の「独り法師」たちも、そんな風に生きたのではないだろうか?

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◆ひとりぼっちは孤独ではなく「孤高」

ここからは完全に、僕の妄想になってしまうが……

過去の「独り法師」たちも、当時の社会や所属してい宗派に疑問を抱いたため、そこから離れたのではないだろうか?

そうやって、自分なりの生き方を見つけたかったのではないだろうか?

当時は、今のように文明が発達しておらず、他者と協力せねば生きられない時代だ。だから、組織や宗派から離れることは、非常に勇気と覚悟のいることだったはずだ。

だが、過去の「独り法師」たちは、たとえ苦難の道であっても、それを選びたかった。

それはもはや「孤独」ではなく「孤高」と言えるだろう。

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◆「ひとりぼっち」という生き方はカッコイイ!!

つまり、何が言いたいのかと言うと、

「ひとりぼっちって、めっちゃカッコイイ生き方なんじゃね?」

ということである。

こうやって「ひとりぼっち」の語源である「独り法師」という言葉を知ることで、それは自分独自の考え方や生き方を探求する「孤高」な姿が浮かんでくるからだ。

もしあなたが今ひとりぼっちで、そのことに悩みを抱えているとしても、それはカッコイイ生き方であると僕は思う。

それは、自分の経験からもそうだし、この「ひとりぼっち」の語源からも言えることのだ。

「ひとりぼっち(=独り法師)」を抜けたその先には、あなたにしか送れない豊かな人生が待っている。そう僕は信じている。

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